明けましておめでとうございます。
私は年末年始を京都の実家で過ごしました。今回もゆっくり楽しく過ごすことができ、今年も1年がんばろうという気持ちになりました。
今回は、京都にあるすごくお勧めお寺を紹介させていただきます。
私は2015年の元日から4年連続で京都にある「鈴虫寺」というお寺に説法を聞きにいってます。すごくありがたい話が聞けるので、1年の始まりの日の恒例行事にしてます。
鈴虫寺について
名称の由来
正式な名称は「妙徳山 華厳寺(みょうとくざん けごんじ)」です。
本来、夏の終わりから10月末くらいに聞く鈴虫の鳴き声ですが、8代目住職が一年中飼育できるように研究され、年中鈴虫の鳴くお寺として有名になり「鈴虫寺」と呼ばれるようになったそうです。
<入口>
<庭>
<庭からの景色>
アクセス
鈴虫寺は市内の中心地からは不便な場所にあります。
京都駅から
73番のバスで約60分。鈴虫寺で下車。徒歩約3分。
・京都駅からの時刻表
http://www.kyotobus.jp/route/timetable/pdf/kyotoekimae_02.pdf
四条河原町から
■バスの場合
63番のバスで約60分。鈴虫寺で下車。徒歩約3分。
・四条河原町からの時刻表
http://www.kyotobus.jp/route/timetable/pdf/shijokawaramachi_03.pdf
■電車の場合
阪急電車の「松尾大社駅」で下車。所要時間は約15分~20分。松尾大社駅下車後、徒歩約15分。バスだと1時間かかるので、歩くのが好きな方はこの生き方がオススメです。
お願い事
鈴虫寺にはわらじを履いたお地蔵様がいて、一つだけ願い事を叶えにきてくれます。普通お地蔵様は裸足なんですが、こちらのお地蔵様はわらじを履いてます。願い事を叶える為に皆の元へ歩いてきてくれるので、わらじを履いているそうです。鈴虫寺で↓の黄色いお守りを買って、わら地蔵様にお願いをします。お願いの仕方が細かく指定されてるんですが、ここでは割愛しますね。
説法
有料(500円)ですが、和尚さんの説法が聞けます。所要時間は約30分ほどです。和尚さんは話がとても上手で30分聞き入ってしまいます。最初は御寺と神社の違い、お守りとお札の違いや正しい持ち方を説明してくれます。その後、笑いも交えながらためになることを話してくれます。あんな風に人を惹き付ける話し方ができるようになりたいなと毎回憧れをいだきますが、あのレベルになるまでには相当な修行を積んでいるんだろうなと思います。ちなみに今年は久しぶりに住職の説法が聞けました。
2018年の説法
柔軟心
いろんな人がいて、それぞれの価値観や考え方があり、自分と違うのは当たり前。自分の意見を押し付けるのではなく、あらゆる事を受け入れる柔らかい心を持ちましょうって事でした。
冷暖自知(れいだんじち)
冷たさや暖かさは実際に触れてみないとわからないという事です。例えば氷が冷たいと教えられても、実際に触ってみないと本当の冷たさは分からないし、火の熱さは火傷でもしないかぎり本当の熱さは分からない。ネット社会で実際に体験しなくてもいろんな情報が得られますが、それを鵜呑みにするだけではなく自分で行動・体験して経験を積んで学んでいきましょう。って事だったと思います。
結果自然成(けっかじねんになる)
目標を立てることはとても大切ですが、結果ばかりにこだわらずまずは「ただいま」を一所懸命に行動することが何よりも大事。そうすれば結果は後から付いてくるというお話しでした。諦めないで積み重ねている限り、必ず機が熟すとの事です。私はすぐに結果を求めてしまいますが、やっぱり忍耐が必要なんだと改めて思いました。
私の文章力のなさのせいで、こうやって文章にすると何でもない言葉ですが、和尚さんが話すとすごく心に染み渡ります。あと上記の他にも今回のお話しの中で印象に残ったのが、「お地蔵様にお願い事をするときに〇〇を不幸にして下さいとか他人を陥れるような願い事はやめてね。せっかく人間として生まれてきたんだから徳を落とすのはもったいない」という言葉でした。「徳を落としたくない」とか「徳を落とすのは嫌だ」と思ったことはありましたが、「もったいない」と思ったことはありませんでした。他人を陥れたいと思った事はないですが、加齢と共に怒りの沸点が低くなってきているので、好意を持てない他人の為に自分の徳を落とすようなもったいない事は絶対にやめようと心に刻みました。
ちなみに、2015年は「親死ぬ 子死ぬ 孫死ぬ」、2016年は「和顔愛語」と「脚下照顧」、2017年は「洗心」と「即今只今」でした。2015年の元日に聞いた「「親死ぬ 子死ぬ 孫死ぬ」がすごく深いなと思い、そこから毎年元日には説法を聞きに行こうと思うようになりました。
昨年から母も一緒に鈴虫寺に行くようになりました。母は来年の元日もまた行きたいと言っていました。実家から鈴虫寺は徒歩で約40分ですが母も私も歩くのが好きなので健康の為に徒歩で行ってます。こうやってお互いが歩いて行ける状態である事に本当に感謝します。体が元気であっても気力がなければ行けないし、気持ちが元気でも健康でなければ行けないですからね。これからも毎年変わらずに続けられることが何よりの幸せなんだろうなーっと思う元日でした。